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第7回 ニコ技深圳観察会(2017/04)参加レポート: テクノロジーに夢と可能性を感じるエコシステム

2017年4月3日〜8日にかけて、tks さんが主催している、「ニコ技深圳観察会」に参加してきた。私は去年に続き、2回目の参加となる。

集まった方は非常にバラエティに富んでおり、ハードウェアエンジニア、Webエンジニア、記者、VR/MR開発者、ファッションクリエイター、経済研究者など非常に多岐にわたり、とても貴重な時間を送ることができた。

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今回訪問させていただいた先の個々のレポートについては他の方から詳しくあがると思うので、今回のツアーを通じて感じたことを中心にレポートさせていただく。

TL;DR (この文章で言いたいこと)

深圳は「テクノロジーで未来がよくなる」と本気で思っている人が多く集まったことにより、イノベーションを連続的に生み出すエコシステムが成立している。

このエコシステムは「工場が安い」「大きな電気街がある」ことが理由で成立しているわけではない。(現に工場の賃金は相当上昇しているし、電気街で仕入れた部品をプロダクトにすることは稀である)。テクノロジーと人との繋がりを最大限に活かして迅速にプロダクトアウトまで持っていける能力が、まさにイノベーションの源泉であり、深圳のエコシステムはこの能力を最も重要視している。

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本レポートでは、この「深圳のエコシステム」について、今回の観察会で感じたこと、またこの1年、幾度と深圳に足を運ぶ中で気づいた変化についてまとめていく。

ハードウェアスタートアップからテクノロジースタートアップへ

バブル期に日本企業から家電やゲーム機の製造を引き受けていた工場は、受託を通じて自分で回路を起こせる技術を持ち、やがて「山寨」(シャンザイ)と呼ばれるコピー商品を作るようになった。Amazon楽天で見かける、ブランド不詳のモバイルバッテリーや Bluetooth スピーカーなどが一例である。こうした商品は、回路設計や部品が会社を跨いで出回っていることから、非常に少ない手間で量産し、出荷できてしまうことから競争優位性に乏しい。既存のハードウェアの真似では儲からないし、少々イノベーティブなハードウェアをつくったとしても、そう時間が経たないうちにハードウェアは真似されてしまう。

いま生き残っている深圳の企業は「他社が追従できないレベルまで品質を高めたハードウェアを売る」か、「ハードウェアだけでなく、周辺サービスやソリューションを含めたテクノロジー全域でプロダクトをつくる」ことができている会社だと思われる。

3日目に訪れた Insta360 は、全天球カメラ (360°カメラ) を手がけるスタートアップである。彼らはカメラというハードウェアだけでなく、付属のソフトウェアが大変作り込まれていて、(中国のハードウェアなのに) Facebook や Periscope (Twitter のライブ中継サービス) を用いて 360°動画のライブストリーミングができるようになっている。また、全天球カメラのユーザー投稿型サイトも運営しており、ユーザ同士のコミュニティも形成されている。ソーシャル上に占める全天球動画のアップロード数では SamsungRICOH といった大企業を差し置いてトップのシェアを誇っている。

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また、1日目に訪れた、日本向けに IoT / ICT デバイスの製造受託を引き受けている JENESIS も「ハードウェアは極力単純化してソフトウェアやクラウドサービスのレイヤーで差別化を図る」ことを勧めていた。JENESIS は深圳に既にある回路設計や部品を最大限活用し、まさにエコシステムに乗っかるかたちで、コモディティ化されたハードウェアを迅速に、かつ日本の顧客が満足できる品質 で供給してくれる。スタートアップ企業は、ソフトウェアとクラウドサービスの開発にフォーカスできるようになり、テクノロジー全域で勝負することができるようになるだろう。

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3日目に訪れた Ash Cloud は、スマートフォンのアクセサリを梱包する会社だが、その工程の管理がとにかく卓越している。自社でつくった iOS で動く生産管理システムは、従業員の勤怠管理から生産性のトラッキング、さらにはラインの管理まですべてを網羅している。ラインごとの生産性、すなわち生み出す収益はリアルタイムで算出され、効率の悪いラインは速やかに工程や人員の見直しが行われる。また、ロボットでも業務が行われており、ロボットが人間の能力を上回った仕事から順に、労働者がロボットに置き換えられていくとのことだ。

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テクノロジーがすべてを支配する様は恐怖すら感じるが、ハードウェアの生産に対して過剰なほどソフトウェアテクノロジを注ぎ込むことにより、生産効率を飛躍的に向上させ、競争優位性を確保しつづけている。

テクノロジーが都市を変えていく

もともと中国のフィンテックサービスを研究していたため、今回、ツアーに参加される方に WeChat Pay の利用を勧めていた。

WeChat Pay はチャットアプリ「WeChat」で支払いや送金ができる機能であるが、これを用いた数多くのサービスが深圳にあり、実際に深圳市民の多くが利用している。

スーパーやコンビニなど WeChat Pay を導入している店舗において支払いができるのはもちろんのこと、「QRコードを読み取ることで、対面で送金ができる」機能があることから、小規模な商店や屋台、露店に至るまであらゆる場所で、WeChat Pay を用いてお金を受け渡すことができる。

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もちろん日本でも Suica やクレジットカードなどの決済手段は存在するが、店舗は加盟店として登録する必要がある他、専用の機器の導入や手数料の負担など導入のハードルは高い。そのため非対応の店が相当数出てしまう。WeChat Pay の対面送金機能は、まさにその穴を埋めるものであり、「お金を渡す」行為のすべてが WeChat Pay でカバーでき、本当に現金を使わずに生活ができてしまう。

さらに、WeChat Pay はネット越しにお金をやりとりできるため、さらにユニークなサービスも生まれている。

深圳の街中を歩くと、オレンジや黄色、青などのカラーに包まれた自転車が多数置いてあるのを見かける。これはシェアリング自転車であり、使いたい人は自転車についたバーコードやシリアル番号をスマートフォンのアプリで読み取り、WeChat Pay で精算することで自転車に乗ることができる。自転車を返す場所は特に決まっておらず、適当な駐輪スペースに停めてアプリを操作すれば返却したことになる。また、自転車を故意に損壊することを防ぐため、WeChat Pay で保証金を預ける必要もある。これらのサービスとして有名なのは Mobikeofo である。

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また、レストランに行くと机の上に QR コードが貼られていることがある。この QR コードはテーブルごとに異なっており、WeChat アプリでスキャンすることで、スマートフォンに表示されたメニューから食事をオーダーすることができる。もちろん決済は WeChat Pay で行われる。すなわち「メニュー本を見る」「店員を呼ぶ」「店員がターミナルに打ち込む」「伝票を持ってくる」「精算する」という一連の流れが WeChat アプリで完結してしまうのだ。

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こうしたサービスが生まれ、深圳の街に定着したのはこの1年ぐらいの出来事である。レストランの QR コードオーダーはまだこなれてなく、注文が忘れられてしまうこともあってご愛敬だが、そういった buggy な部分も含めて「便利そうだから、まずは使ってみよう」というのが深圳という都市で見られる光景である。

エコシステムを支える STEM 教育と maker space

新しいテクノロジーを作るのも人間であるし、また活かすのも人間である。深圳で起きるイノベーションの数々を見ても、またWeChat Pay の浸透をみても、こうした層が非常に厚いと感じる。もちろん年齢層が若いというのもあるが、それで説明がつかないほど彼らのレベルは高い。

Makeblock は深圳を拠点としたメイカー向けの DIY キットを手がける会社で、Makeblock をはじめいくつかの DIY キットを Kickstarter でローンチし、現在は Amazon などを通じて世界に販売している。

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Makeblock は組み合わせ可能なハードウェアに加え、言語を記述しなくてもプログラミングができる mblock というビジュアルプログラミング環境が付属しており、これを用いることでブロックを実際に動かすことができる。こうしたことから、教育機関での採用例が多く、STEM (Science TEchnology Mathmatics) 教育のカリキュラムとして採用されることが多い。実際に教育機関で扱いやすいよう、教材や教師向けの手引き、学校用の一括導入パックまで整備されている。

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メイカーの祭典である Maker Faire は、メイカーがコミケのようにブースを構え、自主制作のプロダクトを発表する場であるが、今回の観察会後に訪問した Maker Faire Hong Kong (香港は深圳の隣にある) では、多くのメイカーが子ども向けに体験ブースや教室を開いており、実際に小学生から中学生程度の人を多く見かけた。また出展する側も高校生〜大学生がかなりの部分を占めており、テクノロジーを探求する若年層の厚みを感じた。

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また深圳にはメイカースペースと呼ばれる、メイカー向けに機材を揃えたレンタルスペースが数多く存在する。2012年に深圳で最初のメイカースペース Chaihuo が生まれ、最近ではメイカーやイノベーター向けに特色のあるメイカースペースが出てくるようになった。Trouble Maker のように、スペースや機材だけでなく、ファンドとのリレーションから法務サービス、プロモーションビデオ制作、流通などをワンストップで提供する場所が出てきた。Chaihuo x.factory ではメイカー向けの教育やコンサルティングのプログラムを充実させている。メイカーのステップや目指す方向性によって異なるニーズを、それぞれのメイカースペースが解決できるようになってきた。

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イノベーションの担い手を歓迎する街

迅速なプロトタイピングを支援するメイカースペース、スマートフォンを用いたフィンテックサービス、少数生産に特化した工場など、いずれも深圳のエコシステムにおける特徴的なファンクションであることは言うまでもないないが、その背景にある「イノベーションを支える仕組み」が最もユニークで重要なものであると思う。

イノベーションを支える仕組みの根幹にあるのは、ハードウェアであれWebサービスであれ、何かを生み出そうとしている人を支えたいという気持ちに応えようという機運が高く、そのために実際に行動する人がいること。そして行動する人同士でつながる強固なネットワークが存在することだろう。

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HAXやChaihuo、SEGなどはサービスとして試作空間や資金、セミナーを提供するだけに留まらず、何か新しいことを手がけようとする我々に対し、本気で相談に乗り、WeChatでコミュニティに引き合わせてくれ、取り組みに対して惜しみない支援の手を差し伸べてくれる。

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ニコ技深圳観察会そのものも高須さんをはじめ、参加者相互による手作りのツアーであるが、そうした企画に対して最大限協力してくれるのが、まさに深圳のコミュニティである。
また、私自身も日本のインターネットスタートアップ企業のチームを引き連れてプライベートな観察会を何度か手がけているが、この取り組みに対しても、深圳のコミュニティから多くの支援をいただいている。

サービスで支えてくれる会社もある。前述の JENESIS は、日本交通や大手の教育機関などからそれなりのロット(製造単位)でハードウェアの製造を請け負う会社であるが、ベンチャー企業については別の観点で引き受けを考えてくれる。採算やスケジュールなどの観点ももちろんあるが、いちばん重要視しているのは「事業に対する作り手としての熱意」であると JENESIS 代表の藤岡氏は語る。熱心なイノベーターに対して寄り添う姿勢は、ここに限らず深圳のあらゆる場所でみることができた。

イノベーションの現場に変貌する深圳

「深圳の1週間はシリコンバレーの1ヶ月に相当する」と言われているほど変化の速い深圳。初めての訪問はちょうど1年前のニコ技深圳観察会であり、そこから訪問を繰り返していく中で多くの変化を感じ取ることができた。その中でも特に印象的だったのは、深圳を起点にエコシステムと市場を世界に広げようとする人が増えたことではないだろうか。DJIは言うまでもなく、Insta360 や Makeblock などは海外向けにプロダクトを輸出し、世界的なコミュニティの醸成に成功している。街中をみても1年前に比べ、英語が通じるシチュエーションは増えているように感じる。そして、そのエコシステムを活かそうと全世界から人々が集まりつつあるのが今の深圳だ。

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テクノロジーに夢と可能性を感じ、最速で進化を遂げる街、深圳は急速に世界のイノベーションの現場に近づいているように感じた。