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ニコ技深圳観察会(2016/04)参加レポート: 「モノづくり」から「暮らしづくり」に進む深圳

2016年4月12日〜16日に、中国 深圳市(シンセン市) の見学ツアーにいってきた。

このツアーはチームラボの高須さんが主催され、深圳のメイカーズ(ハードウェアスタートアップのムーブメント)の最前線を体感すべく、工場、ベンチャー企業、支援会社、VC、そして華強北(ファーチャンペイ)の電気街などを巡るというもの。

私はもともとWeb界隈のスタートアップをいくつかやってきた身であり、ハードウェアに関しては門外漢ではあるが、ガジェットや携帯電話が好物であること、今後のインターネットサービスを考える上でスマホやPC画面上でのインタラクションには限界があると感じ、ハードウェアスタートアップのエコシステムについて強い興味を持っていることから、今回のイベントに参加させていただいた。
毎日の出来事を時系列に沿ってすべて紹介すると分量が極めて多くなるので、総括的な部分を中心に取り上げていく。

ハードウェアのアジャイルな開発を実現するエコシステム

Kickstarter や Indiegogo をはじめとする「クラウドファンディングサイト」では、日々新たなハードウェアの計画が発表され、バッカー (支援者) を募っている。物理的なアウトプットを伴わないアプリやサイトならともかく、カスタマイズの域を超えた「ハードウェアスタートアップ」のプロダクトが成立する所以は、ここ深圳にあった。

ツアー初日に訪問した Seeed Studio は、ハードウェアスタートアップに対し、プロトタイピングから試作、大量生産まで一貫したサービスを提供する企業で、ここを利用することでプロトタイピングに必要な開発効率の良いハードウェア (モジュール化されたスイッチやセンサーなど) から、量産に必要な部材カタログ、提携工場とのコネクションなどに至るまでワンストップで賄うことができる。

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古めかしい中国の工場や事務所の雰囲気はなく、まるでシリコンバレーのイケてるベンチャーのような風情。そこかしこに英語で書かれたポスターが貼られ「agile manufactureing」というスローガンが掲げられている。

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HAX は、シリコンバレー発祥の「ハードウェアアクセラレータ」、つまりハードウェア関連の企業に出資と技術支援をする見返りに、当該企業の一定の株を保有する。深圳にオフィスを構えることで、スタートアップが現地で働き,スムーズに量産化できるように支援している。また、Kickstarterとの太いパイプを持っているのが彼らである。

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深圳は中国の南部、香港の対岸に位置し、中国の経済政策において「改革開放経済の特区」として外国投資を誘致。アップルやソニー任天堂などから製造を受託する「OEM」、そして製造に加えて設計開発プロセスを含めてまるごと受託する「ODM」が隆盛をほこった。深圳に集積された設計開発製造の技術をスタートアップが利用できるエコシステムへと昇華させているのが、 Seed Studio や HAX といった企業によるサービスである。 

イノベーションを生み出さないと生き残れない

アマゾンで iPhone の USB 充電器や MacBook の AC アダプタを買おうとすると、あまりに似た製品がたくさん出てきて困惑したことはないだろうか。あるいは「中身は Android の偽 iPhone」や「謎のブランドの Bluetooth スピーカー」とかを秋葉原で見たことがある人もいると思う。こうしたものは「山寨」(シャンザイ) と言われるもので、流行のプロダクトをいち早く真似して市場に安価で送り出すモデルである。これも深圳では主流で、華強北 (ファーチャンペイ) という現地の電気街では、スマートウォッチやアクションカメラ (Go Pro のようなもの) の山寨は何百もの店が取り扱っている。

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こうした店は未だ多いものの、淘汰と転換がじわじわと進んでいる。深圳で働く工場員の給料は10年で2〜3倍へと膨れあがったことでコストが増大し、また中国政府も最近は知財保護を進めているため、あからさまな海賊版商品やマジコン (家庭用ゲーム機のソフトウェアを、正規の流通以外で入手して実行ことができるハードウェア) を扱う店は激減し、また空き店舗もかなり多くなっていた。イノベーションがなく模倣のみで成立する山寨は淘汰が進んでいくと思われる。

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 このような中、これまで電子部品と山寨の中心地であった華強北を「創家」すなわち「メイカーズ」の中心地に変えていくことで生き残りを図る動きがでてきている。華強北で最も歴史のあるパーツショップビルである "セグショッピングモール" の一角には、ビルオーナーが "Seg Maker+" というハードウェアスタートアップの拠点をつくり、メイカーズの取り込みに力をいれている。(FabLab とよばれるハードウェアプロトタイプに必要な機器類が自由に使える拠点で、秋葉原の DMM.make AKIBA に近いイメージ)

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また、深圳市も "Shenzhen Open Innovation Lab" という FabLab を立ちあげている。このように環境が揃っているとはいえ、メイカーズが溢れんばかりに殺到しているかというと、そうもいかないのが実情であり、「山寨からメイカーズへ」と銘打った活動を隅々まで行き渡らせるのには大分時間がかかりそうだ。 

教育により拡大するエコシステム

メイカーズのエコシステムを拡大させるもうひとつの取り組みが「教育」だ。先にとりあげた Seeed Studio は、Grove というキットを販売していて、これはセンサーやモーターからなるハードウェアを、ハンダごてやプログラミングの知識なしに組み立てられる初等教育向けのキットであり、実際に小学生がつくった「タッチすると動くクルマ」が展示されていた。

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MakeBlock はオープンソース版「レゴ Mindstorm」で、ロボティクスに必要な部品をキットにして販売しており、こちらもハンダごてやプログラミングの知識なしにロボットをつくることができる。(ケーブルはLANケーブルのような「モジュラー」で接続できる) オープンソースゆえ、MakeBlockと互換性のある部品が各社から発売されており、教育やプロトタイピングの領域が急速に広がっている。

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このように、メイカーズの卵を育てるための「ハードウェア制作キット」のビジネスを手がけるプレーヤーは多く、こうした教材はシンガポールの教育プログラムにも取り入れられている。

「便利になるならやってしまおう」の精神

このように山寨イノベーションの狭間をさまよう深圳の電気街であるが、街に目をむけると日本では思いも寄らないようなプロダクトに溢れている。
街中の至る所に QR コードが貼り付けられ、そのハブとなっているのは WeChat (微信) だ。WeChat は LINE のようなチャット機能が原点だが、WeChat 内蔵の QR コードリーダーで街中の QR コードをかざすことにより、ありとあらゆるサービスにつながるようになっている。
ランチで立ち寄ったレストランには「免費WiFi」(免費=無料) の文字が添えられた QR コードがある。これを WeChat で読み取ることで、店の無料 WiFi に接続されるとともに、その店の公式アカウント (LINE@のようなもの) からお知らせが来るようになり、自然に O2O が実現している。

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もっと強力なのは WeChat Payment (微信支付) とよばれる決済サービスだ。WeChat に銀行口座を予め登録させておくことにより、WeChat で QR コードを読み取ったり生成するだけで、店の決済から個人間の送金、オンラインショッピングや、病院の予約、さらには電気・水道などの公共料金支払から税金の納付まで、すべて行うことができる。

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店頭に設置された専用のハードウェアがワンタイム QR コードを表示してくれるので、それを読み取るだけで支払が完了する。また、コインロッカーや深圳通(Suicaのような交通機関のプリペイドカード) のチャージ機にも QR コードが表示されるので,同様にWeChat アプリで読み取るだけで決済ができる。

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(Photos by ino iku
 
WeChat 以外のプレイヤーも便利を先取りしようと懸命だ。「徒歩よりも楽に、車より気軽に」移動するため、パーソナルモビリティのあらゆるプロダクトが先行して市場に並んでいる。自転車にバッテリーとモーターをつけた「電動車」は、日本でみかけるアシスト付き自転車とは異なり、ペダルを漕がなくても電気の力だけで移動することができる。また、ホバーボードは握り部分のないセグウェイのような乗り物で、足のバランスだけで歩道をスイスイと走行することができる。

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こうした乗り物が法的にどのような規制を受けているか不明だし、無音で背後から迫ってくることから何度となく恐怖感を憶えたが、「快適な移動」という面では明らかにイノベーティブであると評価したい。
ルールの前にプロダクトアウトを急ぐその姿は、いささか雑であると思わざるを得ないが、イノベーションのハードルが日本に比べて格段に低いのは事実である。同じ中国でも上海はここまで極端に進んでいなかった。深圳のエコシステムが社会に強く働きかけている証左と言えよう。

まとめ: 「電化製品の下請け」「モノづくりのエコシステム」そして「暮らしづくりへのあくなき挑戦」 

電化製品やゲーム機の下請けから立ち上がった街、深圳。製造や設計開発の下請けにより力をつけた工場やエンジニアは、その経験をもとに「モノづくりのエコシステム」すなわちメイカーズに代表されるハードウェアスタートアップに対し、高速なプロトタイプから製品化を一貫して引き受けられるサービスへと姿を変えていた。スマートデバイスの企画から製造販売、さらに資本政策に至るまで、そのすべてが深圳に集まっている。
世界から「エッジの立った人材」が集まったことで起きている次のムーブメントが「生活のすべてをテクノロジーで楽にしよう」という試み、すなわち「暮らしづくり」である。スマートシティと呼んでも差し支えない。深圳にある露店のおばちゃんから役所に至るまで、WeChat Payment で決済をし、街中には他の都市では見られないパーソナルモビリティに溢れ、病院はbotによるセルフカウンセリング、予約から医者のレーティングまですべてスマートフォンで完結するようになっている。深圳という一地域に、多様なバックグランドを持つエンジニアや起業家が集結したことで、さまざまなイノベーションが都市を舞台に生まれようとしている。
 
山寨のエコシステムから抜け出せてない「古い深圳」はいずれ淘汰される。とりあえずWiFiBluetoothを積んだだけの「ガジェット」づくりもいずれ限界が来る。深圳が誇るアジャイルな工場、シードアクセラレータ、ソフトウェア企業、投資家、そして人材が次に狙っているテーマは「暮らしづくり」であり、人々の暮らしを変えるプロダクトを生み出す中心地となるであろう。日本はおろか、シリコンバレーですら追いつけない「イノベーションの源泉」がここ深圳にあると確信した。

あとがきに代えて

もともと、深圳のハードウェアスタートアップをとりまくエコシステムを見に行くつもりで参加したツアーであったが、深圳はハードウェアの枠を超えた「スマートシティ」への取り組みに大変刺激を受けることとなった。ツアーの趣旨から外れてしまい、参加した皆様にはご迷惑をおかけしてしまったかもしれない。ここにお詫びさせていただきたい。
今回参加するきっかけとなった、高須さんをはじめとした深圳観察会メンバーによる著書「メイカーズのエコシステム」は、深圳のモノづくりのエコシステムとそれをとりまく教育、行政、産業などを幅広く的確に書かれており、大変参考になった。このエントリーで深圳に興味を持たれた方がいらっしゃれば、是非お読みいただきたい。

また、中国のインターネットについては山谷さんの「中国のインターネット史 ワールドワイドからの独立」が良くまとまっている。こちらも合わせて取り上げる。

ここに書き切れないほどの濃密なツアー (今回いったところをすべて取り上げると、この記事は5倍以上の長さになる) を企画してくださった高須さん、WeChat Payment を体験する機会をつくってくださった堀内さんをはじめ、今回ご一緒させていただいた皆様ならびに見学を受け入れてくださった各所の関係者の皆様、本当にありがとうございました。